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静岡地方裁判所 平成元年(ヨ)86号 決定 1989年5月09日

債権者 関口紫朗

債権者 村上幸利

債権者両名代理人弁護士 清水光康

債務者 小長井勘三郎

債務者代理人弁護士 勝山國太郎

主文

一  債権者両名が、共同して一四日以内に債務者に対し金二〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者は、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築計画中の同目録(二)記載の建物につき、右土地の平均地盤面から高さ六・〇四メートルを越え、同土地の北側境界線より三・二三八メートルの線を北側に越えて建物を建築してはならない。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

一  債権者両名は、「債務者は、別紙物件目録(一)記載の土地上において、同物件目録(二)記載の建物の建築工事をしてはならない。」との裁判を求め、その理由として別紙「申請の理由」及び「債権者準備書面」のとおり述べ、債務者は、「本件仮処分申請を却下する。申請費用は債務者らの負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙「申立ての理由に対する答弁」及び「債務者準備書面」のとおり述べた。

二  当裁判所の判断

1  《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  当事者

債権者関口紫朗は、債務者が建築を予定している別紙物件目録(二)記載の三階建マンション(以下「本件建物」という。)の建設予定地である同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の北側に隣接して同目録(三)及び同土地上の目録(四)記載の建物を所有し、右建物に妻及び高校生になる子供と共に居住している。債権者関口所有の同目録(三)1記載の土地は、もともと債務者が昭和四三年に申請外海野義郎に譲渡したもので、同人が右土地上に目録(四)の建物を建築し、この土地・建物を債権者関口が昭和五五年に購入したものである。

また、債権者村上幸利は、本件土地の北側に隣接する祖母村上かん所有の同目録(五)記載の土地上に同目録(六)記載の建物を所有し、妻、母及び祖母村上かんと共に右建物に居住しており、本年四月末には、子供も生まれる予定である。そして、同目録(五)の土地は、右村上かんが昭和四五年に債務者から譲受けたものである。

債務者は、本件土地の所有者であり、同土地上に本件建物を建築することを計画し、昭和六三年一二月二二日に静岡市建築主事から確認番号第二六〇九号で建築確認を得て、同月二六日に申請外株式会社石井組(以下「石井組」という。)との間で建築請負契約を交わしている。

(二)  本件土地、債権者ら土地及び付近の状況

(1) 債務者は、静岡市籠上二五七番一(一七四m2)、二五五番八(七一m2)、二五六番五(二八六m2)、二五八番七(二四二m2)の本件土地の外に、別紙公図写しのとおり、本件土地の北東側に同所二五七番八(一三一m2)及び二五五番七(七三m2)の土地、本件土地の南側に同所二五八番一(五五m2)、二五六番一(一二四m2)二五五番一(一一五m2)、二六〇番一(一三八m2)の各土地も所有していたが、右二五五番一と同番八は分筆前の二五五番一から、二五六番一と同番五は分筆前の二五六番一から、二五八番一と同番七は分筆前の二五八番一から、いずれも昭和六三年一〇月七日に分筆登記されたものである。

右各土地の登記簿上の地目はいずれも田であり、農地として一昨年まで一体的に使用されていたが、その後耕作が中止され、昭和六三年一〇月一四日には、本件土地及びその北東側の二五七番八及び二五五番七の土地につき、静岡市農業委員会に対し農地法四条一項五号の規定による農地転用届がなされ、右届出は同日受理された。

そして、本件土地の南側の二五八番一、二五六番一、二五五番一、二六〇番一の各土地については、平成元年二月二八日、静岡市農業委員会に対し、債務者から債務者と同一世帯を構成する小長井勘治、小長井ヒロ子、小長井治美、小長井治恵の四名へ、それぞれ持分四分の一として贈与することについての許可申請がなされ、同年三月二四日、同委員会より農地法三条一項に定める許可がなされている。

(2) 本件土地、本件土地上に計画されているマンション、債権者ら土地、その各土地上の債権者所有建物の位置関係は、別紙日影図のとおりであり、また、本件土地との境界線から債権者関口所有の建物までの距離は約一・七メートル、債権者村上所有の建物までは約一・一メートルで、債権者ら所有建物は、いずれもその敷地の南側に寄せて建てられている。

(3) 本件土地及び債権者ら土地は、JR静岡駅の北西約二・五キロメートルに位置し、その付近一体は都市計画法上の住居地域に指定されている。本件土地付近の建物の多くは一、二階建ての住宅であるが、商店、事務所、工場(いずれもその多くは一、二階建て)も混在しており、割合にすると僅かではあるが三階の事務所、マンション等も存在している。

(三)  本件建物の建築計画

(1) 債務者は、七七三m2の敷地内に、延べ床面積九四一m2、高さ九・七八五メートル、一階北側壁芯と債権者ら土地との境界の距離が二・七三八メートル、二階、三階の通路床北端と右境界との距離が一・二三八メートルの三階建ての建物を建てようと計画している(以下この計画を「現計画」という。)。

(2) 債権者は、建築確認時の当初の計画では、本件建物の最高の高さを九・九八五メートル、一階北側壁芯と債権者ら土地との境界の距離を二メートル、二階、三階の通路床北端と右境界との距離を〇・五メートルとして建築をする計画であったが、債権者から本件建物の位置を変更するよう申出があったため、本件建物を南に〇・七三八メートル移動させ、また建物の高さも〇・二メートル下げて、現計画とした。

(3) 債権者らは、債務者が本件土地にマンションを建築する計画を有していることを昭和六三年一〇月頃知り、マンション建築で債権者ら所有建物を日陰にしないでもらいたい旨要望するとともに、建築計画関係の図面を提示するよう再三要求したが、債務者からはこれに対する明確な回答はなかった。そして、ようやく平成元年三月四日になって石井組の社員が債権者ら宅を訪れ、同月六日に本件建物の地鎮祭を挙行することを告げるとともに本件建物の概要についても説明したが、その際日影図を持参していなかったので債権者らが不安を感じて直接石井組に請求し、同月八日になって日影図の提示がなされた。

(4) 債務者は、その後本件建物の建築工事に着工し建物基礎のための穴を掘ったが、本件申請がなされたために、審尋続行中は、それ以上の建築工事の続行を差し控えている。

(四)  建築についての公法的規制との関係

(1) 本件土地において高さ一〇メートルを超える建物を建築しようとする場合は、建築基準法五六条の二及びこれを受けた静岡県建築基準条例四八条の二によって、平均地盤面から四メートルの高さで、敷地境界線から水平距離で五メートルを超えた範囲に四時間以上の、一〇メートルを超えた範囲に二・五時間以上の日影を生じさせてはならないとの規制を受けることになる。

本件建物は、現計画によれば、高さが九・七八五メートルなので、建築基準法上は規制の対象外の建物であるが、仮に同法の規制値を本件建物に当てはめてみると、その落とす影は、別紙日影図のとおり敷地境界線から水平距離で五メートルを超えた範囲に四時間以上の日影を生じさせてはならないとの規制に抵触するものである。

(2) 建築基準法二八条及び同法施行令二〇条において定められる居室の開口部割合の規制により、本件建物については、別紙断面図のとおり南側壁面と南隣接地との距離が、四・二六二メートル以上なければならないが、本件建物を当初の計画から〇・七三八メートル南へ移動させた現計画では、本件建物南側壁面と本件土地南東部の北側に突き出た部分における南側隣接地との距離は、四・二六二メートルであって、南側隣接地との境界線を現状のままとする限りは、本件建物をこれ以上南へ移動することができない。

(五)  本件建物による日照被害について

(1) 債権者関口所有の建物は、木造平屋建で、これまでは、冬至においても西側の静岡市農協の二階建て建物によって午後三時以降に日照を阻害される以外は、終日南側開口部に日が当たっていた。

債権者村上所有の建物は、木造二階建の建物で、これまでは、冬至においても一階及び二階の南側開口部に終日日が当たり、一階及び二階の東側開口部にも午前中は日が当たっていた。

(2) ところが、本件建物が現計画のとおりに建築された場合には、債権者両名の建物とも(1)記載の開口部にはいずれも冬至において終日日が当たらず、債権者らの建物は日照を享受できなくなる。

2  当裁判所は以上の事実を前提として次のとおり判断する。

(一)  本件建物は、その高さが九・七八五メートルであり建築基準法の規制の対象外の建物である。しかし右規制は一応の社会的基準として画一的処理のために設けられたものであり、規制の対象外建物であることの一事をもって、その建物から生ずる日照被害をその被害者において当然受忍すべきものと即断することは許されず、受忍限度内か否かは、個々具体的な被害の状況等を勘案して判断すべきであり、当該建物が規制の対象外であることは、その際のひとつの重要な判断資料と解するのが相当である。

(二)  そして、前記1(四)(1)のとおり同法の規制値を本件建物に当てはめてみるとその落とす影は右規制に抵触すること、債権者両名の建物は冬至においては全日日が当たらず、債権者関口の建物の全開口部及び同村上の建物の一階の開口部は春分においてもかなりの日照阻害を受けるものと推定されること、債権者両名の家族構成、前記1(二)(3)の本件土地付近の地域性、債務者が債権者ら土地のもともとの売主であること等の諸事情を勘案すると、本件建物による債権者らの日照被害は、本件建物が建築基準法の規制の対象外の建物であることを考慮してもなお社会生活上受忍限度を超えるものと判断せざるを得ない。

更に、本件土地の南側には、前記1(二)(1)のとおり、農地法四条一項五号の届出を出せば宅地として利用可能な籠上二五八番一(五五m2)、二五六番一(一二四m2)二五五番一(一一五m2)、二六〇番一(一三八m2)の各土地が存し、右各土地の一部を利用すれば債権者両名の建物に対する日照被害を回避することも可能なことをも考慮すると、債務者が現計画のとおりに本件建物を建築することは、債務者らに社会生活上受忍すべき範囲を超えた日照被害をもたらすものとして許されず、設計変更を免れないというべきである。なお、右各土地は、平成元年二月二八日になって債務者から小長井勘治、小長井ヒロ子、小長井治美、小長井治恵の四名へ、それぞれ持分四分の一として贈与することについての農地法三条一項の許可申請が静岡市農業委員会になされ、同年三月二四日にその許可がされているが、右受贈者らは、いずれも債務者等同一世帯を構成する子や孫などであるから、家族内の話し合いにより、右贈与の一部を取消すことも、右土地の一部を宅地に転用して本件建物の敷地に提供する等の負担つき贈与に変更することも十分に可能というべきである。そして、前記1(三)(3)において認定したとおり、債務者は、昭和六三年一〇月ころから、債権者らより、本件建物の建築位置を日照被害を極力出さないような場所にするよう要求されていたのであるから、石井組社員による本件建物の概要説明と並行する時期になされた右農地法三条一項の許可申請は、債権者らから本件建物を南へ移動させるよう要求がなされることを予想して、これに対する抗弁とするため行われた疑いすらないとはいえないのである。

(三)  そこで更に進んで、債権者らの日照被害を緩和するために、本件建物の設計をどの程度変更すべきかについて検討する。

(1) 債権者らは、本件建物の全面的な建築の差止めを求めているが、債権者らが本件建物の一、二階部分を含めた全ての建築を差止める権利を有していることを認めるに足りる疎明資料はない。

また、債権者らは、本件建物の全面的な建築禁止が認められないとしても、債権者ら所有建物の日照被害を緩和するためには、少なくとも本件建物を南側に六メートル移動して建築すべきであると主張する。

なるほど右移動案によれば、債権者村上の建物二階開口部において冬至でも四時間以上の日照を確保でき、また、債権者関口の建物及び同村上の建物の一階部分についても冬至において全日日が当たらないという状態を避けることができるが、このように、本件建物を債権者との境界から合計七メートル以上も離さなければ日照被害が解消されない一因として、債権者ら所有の建物が南側に寄せて建てられていることも寄与していることを考慮すると、債務者ないしその家族が所有する本件土地南側の各土地の利用をかなり妨げることになる右移動案を債務者に強いることは、債権者らの日照を享受する権利のみを一方的に保護するものといわざるを得ず、これを採用することはできない。

(2) 次に主文掲記の建築の制限について考えると、別紙日影図から推定できるように、本件建物三階の北側部分を幅二メートルにわたって南側に後退させることによって、平均地盤面から四メートルの高さで、敷地境界線から水平距離で五メートルを超えた範囲に四時間以上の日影を生じさせてはならないとの、建築基準法五六条の二の規制をほぼ充たすことができ、また、冬至において債権者両名の建物の南側開口部に全日日が当たらないことには変わりがないものの、債権者村上所有建物二階東側の開口部には冬至においても午前中は、いくらか日が当たることになるのであり、また、両建物とも、春分、夏至における日照については現計画による場合と較べて大幅な改善が期待できる。

他方、債務者にとっても、主文掲記の制限であれば、本件建物の三階部分のレイアウトを変えることによってこれを行うことも不可能ではないし、本件建物自体を現設計のまま南に二メートル移動することによって主文の制限を充たすこともできるのであるから、重大な損害を被ることはないというべきである。

そして、右移動案を債務者が採用した場合には、建築基準法二八条及び同法施行令二〇条の居室の開口部割合の規制により、籠上二五五番一と二五六番一の土地のうち北側に突出た部分を幅二メートル(面積にして約二四m2)にわたって本件建物の敷地とすることが必要となるが、前記1(二)(1)において認定したとおり、右の北側に突出した境界線は、昭和六三年一〇月七日に、債務者が本件土地上に建物を建築することを目的として分筆前の二五五番一と二五六番一から本件土地に含まれる二五五番八と二五六番五を分筆したことによって、新たに作られた境界線であるから、右部分の一部を本件建物の敷地にしなければならないことになっても、これをもって債務者に酷な結果であるということはできない。

3  債務者は、本件審尋の継続中は、本件建物の建築工事の続行を差し控えていたが、現在の計画どおり本件建物の建築をする意思を変えておらず、また、本件建物が計画どおり完成すると後日その一部を除去することは著しく困難になることは明らかであるから、本件仮処分申請についてその保全の必要性も認められる。

4  よって、債権者らの本件申請は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余はこれを却下することとし、右認容部分については、設計変更にともない債務者が被る損害等諸事情を勘案すれば、債権者らに共同して金二〇〇万円の保証を立てさせるのが相当であるから、これを本決定送達の日から一四日以内にたてさせることとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文をそれぞれ適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中山幾次郎)

<以下省略>

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